この2005年版「キングコング」が、すっごいオシャレなんですよ!

(以下の段落読まなくても可)
世界恐慌時代のニューヨークが、大なセットとCGの見事な融合で再現されて、映画監督が趣味のゴリ押しでスポンサーにハッタリかまして映画製作できる時代。
海の向こうにはまだまだ人が足を踏み入れたことの無い秘境があって、南洋の絶海の孤島には原住民どころかイワユル「土人」がいて。
現代を舞台にしてたら描きようのない、アナログでクラシックでミステリアスで、油臭くてヤニ臭くてヘドロ臭くて、いい加減で乱暴でご都合主義で、という1930年代が描かれとるわけ。
(どこがオシャレなんだ)



何より衝撃を受けたのが、3時間もある大作なのに、1933年版コングと
「ストーリー全くおんなじだがネ!」

そうなのです。
(以下の段落も読まなくて可)
「イカれた映画監督のカールデナムが『秘境に映画を撮りに行くんだ!』と女優のアンほか撮影スタッフ一同引き連れて妖しい海図に描かれた『髑髏島』目指して出港してみごと島を見つけて上陸して島の土民が「コング」と恐れる巨大ゴリラにアンをさらわれてヒーローであるドリスコルたちが助けに行きアンを助けたはいいがコングは追いかけてくるそれを何とか生け捕りにしてニューヨークへ連れて帰って見世物にしたらコングが逃げ出して最後はエンパイアステートビルに登ったコングを軍の飛行機が退治してコングはビルから落下して死ぬ」

という、1933年版キングコングのストーリーの骨子が、そのまま踏襲されてるのです。


「オリジナルのキングコングが大好きすぎてタマらない!!!!」という、
作り手側のキングコング愛がこれでもかというほど盛り込まれ、
「もういいって、わかったって!」というくらい溢れ出してくる。

作り手自身が子どものころ、オリジナルのキングコングに魅せられた夢を、
現代の技術やアイデアで「温めなおし」て、
現代の観客にぶつけてくる。



正直なハナシ、公開当時に映画見る前に思ってたのは
「なんで今、キングコング?」
ハッキリ言って、時代は求めてなかった。
しかも長い!
ストーリーも設定も昔のまんま!


でも、見終わった後にはこう思ってた。
「ありがとう」
「長い映画にしてくれて、
 ストーリーも設定も昔のまんまで作ってくれて、
 こんなに『あの』キングコングを堪能させてくれて、
 現代に『あの』キングコングを蘇らせてくれて、本当にありがとう」
って、思ったなあ・・・。


メイキングDVDが、また良かった~。
(以下の段落も読まなくて可)

ピータージャクソン監督(ロードオブザリングの監督)が、幼少のころはじめて見たキングコングの話を、スタッフと語る。
何とか自分でもコングを再現しようと、撮影用のコングの人形を作り、エンパイアステートビルの屋上をボール紙でつくって、両親に買ってもらった8mmカメラでコマ撮りした話。
オークションで落札したオリジナルコング撮影時の小道具を、さりげなーく撮影セットに置いたり、オリジナルの脚本をそのまま劇中劇のシーンで流用したり、遊び心もタップリ。



撮影時の監督の姿勢も学んだ。
「どういうシーンにしたい!」という方向性を指し示し、
スタッフの創作意欲を高め、
持ってきたアイデアを褒めちぎり、
本当は細かいところもチェックしてるんだけど、重箱の隅をつつくような言動はせず。

映画監督にもいろんなタイプがいるけど、
自分のビジョンを再現させるためにスタッフを使うようなことはせず
スタッフと肩を組んで、
「どうしたらもっといいものになるだろう?」
と一緒にベストアンサーを探求する姿勢。


この創作姿勢が、田楽座で「信濃」を作るときに、自分の中に「成功イメージ」としてしっかりあったので、揺るがず確信をもって作品創作に打ち込むことができたのです。


自分自身が愛する「古き良き田楽座のステージ」、
ちょっと古臭くて時代錯誤なんだけけど、
安心感があって、ベタを押さえてて、
笑いがあって、年寄りや子どもがゲラゲラ笑ってて、
客席がお茶の間みたいな雰囲気で。
田楽座の「古き」を、若い座員みんなで寄ってたかって温め合って、
「田楽座ってこうだよね!」
「自分が初めて見た田楽座の舞台ではさ…」

当時の自分には、あまりに余裕が無さ過ぎて、実際にはPJ監督のようには全くできなかったけど。


さて、このキングコングと同時期に、同じように「古きを温めた」映画がもう一本あった。
公開年もピッタリ同じ、2005年。

その映画の名は・・・・
「宇宙戦争」。



いや、映画の話になると終わらんわー。まさか年を越すとは。
みなさまも、よいお年を!

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次回、1月6日(水)アップ予定。