横浜公演終わった~! 次は飯田公演、そして大阪公演だ!

そしてブログはどんどん深みにハマる…。第3回です!


★昔のビデオは理想じゃなかった説

「本当に変化してる説」で書いたように、数十年前のビデオと比較すれば変化してる。

しかしその数十年前のビデオの演奏は、当時の地元の人にとって理想的な演奏だったんだろうか?


 常に100点満点の演奏ができていれば、
「数十年前のビデオはこうでした!」
というのは変化してる証拠になるかもしれない。

でも、100点満点の演技なんてなかなかできない。
ビデオに写ってるのは「この足はもっと胸まで上げねえとなあ」と、当時から反省の残る演技だったのかもしれない


だとすると
「昔のビデオでは足はここまでしか上がってませんでしたが…」と言っても、
「あれはダメな例。今も昔も、足は胸まで上げるもんだ、変わっとらん!」ということになる。



★記憶が誇張されて上書きされる現象

地元に習いに行って、
「速すぎる! もっとゆっくり練習しなさい」と指摘され、
「そうか~、こんなにゆっくりなんだー」という印象を、田楽座に持って帰る。

そしてその記憶を何度も何度も脳内で反芻し、稽古を重ねる。
田楽座の後輩たちにも、「もっとゆっくり!」と指導する。


数年後、再び地元に足を運んで
「あれ? 前の記憶よりずいぶん早いぞ?」

これは、脳内の映像や音声が、反芻するうちに事実より誇張されて、記憶の上書きが行われてるのです。
改めて当時のビデオを見返してみて、「・・・確かにそんなにゆっくりじゃないな~」ってこともある。



★「先祖返り」理論

伝統のモノって、【革新ベクトル】より、【保守化ベクトル】のほうが強い。
当たり前だよね、伝統だもん。


で、
【革新ベクトル】
「変化しよう、革新しよう」という方向性なのは分かるとおもうんだけど、

もう一方の
【保守化ベクトル】も、同じく
「変化しよう、革新しよう」という方向性なのです!


え?
【保守化】って「変化したくない、革新したくない」ってことじゃないの?

ってフツーは思うよね~
ふっふっふ。



【革新ベクトル】【保守化ベクトル】も、どちらも向上心が高くて「もっといいものをつくりたい、もっと上手になりたい!」というエネルギーを持っている。
そこまでは共通。

でも、具体的にどのように変えたいか、という方向性が逆方向を向いてるのです。
【保守化ベクトル】向いてるのは、
「オレの爺さんは確かこう踊ってた」みたいに、2世代ほど昔に回帰しようとする方向性なのです。

(1世代前の変革について否定的に言及することもある。「今みたいに変えちゃったのは○○さん」とか。)


ただし、「オレの爺さんは確か…」って記憶は何十年も前のことだし、「思い出補正」力も手伝って、実際の2世代前に完全に回帰するわけじゃない。
現実的には、1世代前の先輩たちが達成した成果の上に、一部軌道修正的に2世代前の良さを補完していく、ということになる。


そうやって復古主義的に、「先祖返り」的に変化していく、という現象が芸能には起きていると思う。


もし芸能が、その芸能の過去の歴史に存在しないような変化をしたなら、
さすがに地元の人でも「変えた」という自覚があるだろう。

でも復古的、「先祖返り」的に変革しているなら、
「本来あるべき型に戻っただけ、純化・深化であって、変化ではない」ということになるよね。




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次回、10月7日(水)13時アップ予定!
来週末、10月11日(日)飯田公演、18日(日)大阪公演もよろしく!!!