続きです。
うちの奥さんが、「日本の神話」って本を持ってて。
それは大林太良(たりょう、と読むらしい)というセンセイの本で、
タイトルの割には、日本だけじゃなくて、中国とかヨーロッパとか世界の神話も出てくる。古事記はその中で、比較対象として出てくるだけ。
「天孫降臨や神武東征みたいな神話は、古代朝鮮や北方系民族にも見られる」
「死体から農作物が生まれる神話は中国南部起源」
とか、そういう感じ。
神話って「実際に起きたことが反映されてるんじゃないか」的なロマンがあるよね。
でも、もし神話に書いてあることが、実際に起きた出来事をもとにしてるなら。
違う国に同じような神話があるのは、ちょっと違和感を感じるよね?
「アレ、その話、日本で起きた話じゃないの?」「中国の話なの?」
ネットでググると「天孫降臨 どこ」って予測検索出てくるし。みんな検索するんだね。
古事記が編纂されたのが712年。
歴史的な文献資料で確実に遡れる時代は飛鳥時代(6世紀とか)くらいで。
それより前は古墳とか出土する土器とかから推測したり、中国の文献(魏志倭人伝とか)のわずかな記述をたどるしかない。
「神話のもとになった事実がもしあったとすれば、それは飛鳥時代の数百年前なのかな?」
「じゃあの神話のカミサマは、中国の記録に出てくるこの王様なんじゃない?」(例:アマテラス=卑弥呼説)のような妄想が盛り上がるのは、大いに共感できる。
でも飛鳥時代の数百年前って、
けっこう新しくない?
卑弥呼も3世紀だって。
キリストより200年以上も後。
なんかこれもずいぶん、
新しくない?
文字記録が残ってないだけで、感覚的にはリッパな歴史時代だよね。
違う国の違う民族が、日本と同じ神話を伝えているなら。
そもそも太古の昔に民族移動があったときに、神話とかいろんな文化もセットで移動してきたんじゃないか。
沖縄県の南大東島は、近代になって八丈島からの移民が開拓したから、
伝統芸能として八丈太鼓がある。
文化ごとセットで移動するってのはそんな感じかなあ。
卑弥呼なんかより、もっともっとさらに何百年も何千年も昔からその神話が語られてきて、その神話ごと海外から来た、っていうのが真実かもしれない。
1万年前の縄文人だって、何らかの言葉はしゃべってたろうし、神話だって持ってただろう。
古事記に記録された神話の一部は、さかのぼればそういう時代まで遡れるかもしれないし、日本列島に来る前に遡れるかもしれない。
3万年くらい前の旧石器時代から日本列島に人はいたっていうし、3万年前の人間だって神話は持っていただろう。
自分にはそっちのほうが、いかにも「神々の物語」的なロマンを感じる。
そういう妄想も含めた「日本の神話」なら、好きだなあ。
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