記憶がおぼろげなんだけど、たしか中学か高校の日本史の資料集に、古代の大和盆地(奈良県)の地図がのってて。
物部とか蘇我、とかの勢力範囲が書いてあって、はじっこの方に「土蜘蛛」って書いてあった。

何なに? 「土蜘蛛」って? ツチグモ?


今の自分たちは、自分たちのことを日本人ってバクゼンと思ってるけど、時代をさかのぼれば日本の中でももっともっと細かく分かれてて。古代まで行けば人口も相当少ないし、大和盆地っていう現代感覚からすれば限られたエリアの中でも、いろんな部族がいたんだなーって。


「土蜘蛛」って、ゼッタイ辺境の民族を中央からみて蔑んで呼んだ蔑称だよね。
中華思想の「東夷 北狄 西戎 南蛮」みたいな。

で、ヨウスケはその「土蜘蛛」っていう言葉に、すごいロマンを感じたんですよ。
なんかロードオブザリングみたいだな、って。
(ホントはヨウスケが高校生時代には、ロードオブザリングのことは知らなかったので、当時のボキャブラリーだと「ドラクエみたいだな」とか「ファンタジーみたいだな」だったと思うんですが。)

例えばロードオブザリングだと、人間以外にホビットとかドワーフとかエルフとかいろんな種族がいて、敵対勢力にはオークとかトロールとかがいる。「ホビットはチビで裸足で歩く」、とか「ドワーフは毛深くて女性もヒゲ生えてる」、とか「エルフには美男美女しかいない」、とか、偏見のカタマリみたいな外見的特徴があって。

ファンタジーがそういう描写をするというのは、他の部族のことをお互いにそのように見てる、ってのが中世的な常識感覚だったから、昔話とかフィクションにもそういう感覚が反映されるわけで。
現代的には、そういう偏見をもって他部族、異民族を描くのはポリティカルコレクトネスに反するから、手塚治虫のマンガの巻末にも「現代の視点で見ると差別的と思われる描写がありますが」とわざわざ注意書きが入れてあって、「差別を助長しないように」というそれはそれでわかるんだけど、なんだかそうやってかわしたり言い訳することでその時代の生々しい感覚や、人間の真実から遠ざかってしまうような気もする


江戸時代が始まる直前、戦国時代を終わらせた関ケ原の戦いでは、日本中の大名が関ケ原に集まって、東軍と西軍に分かれて戦った。薩摩の国の島津藩も西軍に軍隊を派遣していたというから、ホントに日本中だ。さぞやロードオブザリングだったろう。言葉だってチンプンカンプンじゃないかな。

しゃべり言葉としての日本語が共通語として統一されたのは、明治になって近代日本になってから。それでも明治初期は、軍隊に入って郷里が違うと言葉が通じなかった、というくらいで。ホントかどうかは知らないが、幕末の志士たちも、他藩の志士と言葉が通じないから浄瑠璃の言葉で意思疎通をはかったとか。「とりあえずキムタクみたいにしゃべっときゃ、みんな通じるだろ」みたいな感じかな?

それはさておき、関ケ原。
西軍の中に土佐の国(高知県)の長曾我部氏の派遣軍もあった。土佐の侍は「実に質素な衣服で袖やハカマも短く、着物に綿をいっぱい入れてモグラのよう」だったそうな。尾張とか京都に近い中央日本の侍たちから見れば、言葉もわからず出で立ちも違う他国の侍は、それはそれは異形の集団に見えた、ってことだろうなー。
ちなみに、この「長曾我部」って名前も、標準語だと「チョウソカベ」だけど、当時地元では「チョースガメ」って発音されたんだって。めっちゃ部族的じゃないすか、萌える~!

土蜘蛛とか、関ケ原のチョースガメとか。日本もホントにいろんな部族がいて、それが当時の日本人の「天下」だったんだろう。朝鮮とか中国とか、天下の外にも別世界がある、というのはもちろん知ってただろうけど。日本という天下の中だけでも、相当な異文化の振れ幅があって。

前回、世界の少数民族の写真集のことに触れたけど、日本人も違う部族が集まると、お互いに「あいつら変な格好してやがる」って思ってたんだろうなー。



#歴史 #日本史 #土蜘蛛 #ロードオブザリング #関ケ原 #田楽座
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次回も歴史トーク! と言えるかどうか。
「日本の神話」

9月2日(水)13時アップ予定!