前回、ちょっと脱線してしまいましたが、「速いか遅いか」トーク続きです。

田楽座のたっちゃんは、基本的に暑がりなので、運転するときには暑がって窓を開ける。
助手席にいる私はチクリと「寒いんだから閉めてくれる?」とイヤミを言う。「暑いんだったら窓を開ける前に、まずその暑そうな上着脱げば?」と、トドメの一撃も忘れない。

何回かそんなやり取りが続きまして。
あるとき、たっちゃんが「こないだ鹿児島の実家に帰ったんですけど。うちの家族全員、超暑がりなんですよ! クルマん中でみんなで『暑いあつい』ってクーラーガンガンかけて、めちゃくちゃ寒かった~」
そのあとに「いやー僕、スケさんにこんな思いさせてたんだな~、ってよく分かりましたよ」と、おべんちゃら芸人らしい一言も忘れない。


同じ気温でも「暑い」と思ってる人、「ちょうどいい」と思ってる人、「寒い」と思ってる人がいる。
同じ囃子のテンポでも「速い」と思ってる人、「ちょうどいい」と思ってる人、「遅い」と思ってる人がいる。


「いろんな感じ方の人間がいる」というのは、なかなか厄介なことで。
田楽座というチームで、気持ちのいい演奏を作ることに四苦八苦してると、正直こんな妄想を抱くこともある。
「自分のコピーだけを何人もそろえて演奏できたら、好みも一緒だし、ラクだろうな~。」

しょうがないよね。人間だもの。


でも同時に、自分が何人もいたら
「呼吸やテンポ感はそろってるけど、幅の狭い演奏にしかならないだろうな」、というのも容易に想像がつく。

フツーに考えれば、個性が違うバラバラの人間が演奏しても、呼吸なんて合うわけがない。
それが、一致団結して阿吽の呼吸で演奏している、という「異常事態」が感動を呼ぶんであって。

「いろんな感じ方の人がいる」のは確かにメンドくさいけど、
それをマイナスとしか捉えられないなら、それは人間性そのものを否定している、とも言えるんじゃないか。
「いろんな感じ方の人がいる」というのは、別に問題のあることではなくて、人間が集団で何かをやろうというときの前提条件に過ぎないんじゃないかと。

人間は、集団で物事を成し遂げていく力を持っている。
もちろん、個人での才能で孤独に勝負! という人がいてもいい。
でも、太鼓とかお囃子は、チームワークで勝負したほうが、結果的に勝てる確率が上がるジャンルだと思う。(この場合、「勝てる」というのは「いい演奏ができる」ってことです)



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「速いか遅いか」」トーク、まだまだ続きます。
7月15日(水)13時アップ予定。